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もう書くネタないだろうな、と思ってた「君の名前」シリーズ。
今回は、過去話。
サイト史上初、きちんとしたR指定ものです。笑。
*****
アンタが触れた指先の感覚が、いつまでもいつまでも俺から離れない
わたしを生かすあなたの指先-1-
ブリーフィングルームを出て、足早にその場を立ち去ろうとしていた刹那を呼び止める声があった。
「刹那」と、どこか柔らかくそう呼ぶ声はいつもと変わらない。
刹那はその場に立ち止まっただけで、声のした方を振り返ろうとはしなかった。
以前であれば何の躊躇いもなく、顔だけをそちらに向けていた。
それが出来なくなったのは、自分に少なからず後ろめたさがあるのだと刹那は自覚していた。
「奪った」側と「奪われた」側。
その関係性は、音もなくただ横たわっている。
変えようのない過去と事実が、刹那を躊躇わせていた。
とん、と微重力を利用して目の前に立たれれば、もう刹那に逃げ場はなかった。
けれどやはり顔は上げられなかった。
刹那の視界には、呼び止めた人間の、茶のジャケットと淡い緑のシャツが映るだけだった。
おそらく視線を上げれば、その声と同じように柔らかな表情をした男の顔が見れるのだろう。
いつもと変わらない空色の瞳が眼に入るのだろう。
ただし、今は片方だけ。
少しの間を空けて、彼は口を開いた。
「ちょっといいか」、と柔らかな口調であったけれど、どこか躊躇いがあるのを感じた。
刹那は顔を上げないまま、ただ黙って頷いた。
まるで首を横に振る術を持たないかのように、逆らう方法が見つからなかったみたいに。
実際、刹那の中に拒絶の意志はなかったのだ。
彼が来いと行けば行くし、来るなと言えば距離を取る。
それは紛れもなく、刹那が彼を、ロックオン・ストラトスという男を受け入れているからに他なかったからだ。
こんな想いは閉じ込めておくべきだと刹那は何度も自身に言い聞かせた。
彼の大切なものから、様々な人間の命まで奪いに奪って、そうして存在を確立させてる自分が、彼に想いを馳せることなんか、許されるはずがないのだ。
刹那が連れて来られたのは、ロックオンの自室だった。
部屋に入って扉の前に立ち尽くす刹那を、ロックオンはとても緩やかな手付きでベッドまで連れた。
その間刹那の視界に入っていたのは、ロックオンの手袋に覆われた手と、そして部屋の床だけだった。
ベッドに腰を下ろしても刹那は顔を上げようとはしなかった。
白いシーツが刹那の視界を埋め尽くしていた。
「せつな」
柔らかな、低い声だ。
そこから罵りや蔑みを浴びないであろうことを予想してしまう自分は、やはりどこまでも甘いのだろう。
どうせなら、銃口を真っ直ぐ向けたあの時のように厳しい声で呼んでほしかった。
縋り付く場もないくらいに拒絶されれば、こんな気持ちもきちんと封じ込められるだろうに。
「俺さ、お前が好きなんだ」
なのに、どうしてだ。
どうしてアンタは、何の躊躇いもなく、そんな言葉を口に出来るんだ。
これは夢であるべきだと理性が口を開く。
けれど、夢であってほしくないと願ってしまう欲望が胸を鳴らす。
「……俺はKPSAだった人間だ」
どうにかして開いた口から出たのは、彼からの拒絶を図ろうとする言葉だった。
勝ったのは理性だった。
受け入れられてはいけないと叫び声を上げた理性だった。
刹那の頭を過ぎったのは、遠い、けれど、今でもはっきりと思い出せる記憶だった。
鳴り止まない銃声。
漂う腐臭と、火薬の匂い。
そこかしこに、それこそ物のように転がる無数の死体。
あぁほら。
こんなに血なまぐさいのに、あんなに優しい手に受け入れられていいはずが、ないじゃないか。
だから、
「あぁ、知ってるよ。でもそれでも、やっぱり好きなんだ」
だから、拒絶してほしかったのに。
好きだ、なんて言葉、なかったことにしてほしかったのに。
「馬鹿だな、アンタは…」
本当に、馬鹿だ。
馬鹿すぎて、呆れるほどだ。
刹那はようやく、ゆるゆると顔を上げた。
視界に入ったのは、片方を眼帯に覆われた男の、空色のひどくきれいな瞳だった。
細められた目はとても優しかった。
緩くウェーブのかかった茶色い毛も、白磁のような滑らかな素肌も、少し高い鼻も。
ロックオン・ストラトスという男を作り出す全てのパーツは、刹那に優しさを向けていた。
刹那の言葉に、ロックオンは少し表情を崩して、肩を竦めた。
「ひっでぇの。だって仕方ないだろ。お前のこと好きなんだから、刹那…」
ロックオンはそう言うと、刹那を緩く抱き寄せた。
低く耳に響く、甘やかな言葉に、刹那の理性は最後の警告を鳴らした。
このまま彼の温かな腕に委ねて、本当にそれが正しいのだろうか。
本能の、欲の赴くままに受け入れられて、本当にそれで、いいのだろうか。
散々色々なものを奪って来た自分が、今さらこんな風にぬるま湯のような感覚に浸かることが果たして許されるのだろうか。
ガンガンと、頭が鳴った。駄目だ、と警鐘を響かせ続けている。
「せつな」
ロックオンの低く、甘さを含んだ声で、その警鐘はぴたりと止んだ。
耳元で響く自身の名に、刹那はふるりと身を震わせた。
「お前さんの考えてること、よくわかるよ。そんな、好きだとか嫌いだとかいう単純なことじゃないってことも、よくわかる。
俺も、お前も、色んなもの奪って、壊して来た。一緒なんだ、俺たちは。
…だから、もう一人きりで背負ったりしなくて、いいよ」
そう言うと、ロックオンは先ほどよりも強い力で刹那を抱きしめた。
シャツ越しに伝わる男の鼓動が、とても心地よかった。
溶けていくようだった。
固まって雁字搦めになっていた思考が、ゆるゆるとほどけて行く。
だが後ろめたさや罪悪感が姿を消すことはなく、刹那の胸の奥底に冷たさを持たせたままだった。
けれど、それでよかった。
この冷たさも一緒でなければ、意味がないからだ。
だってそうでなければ、今こうやって、この男の胸の中にいるはずがないのだから。
刹那は胸に積もり積もった感情を言葉にする替わりに、大きな背中に腕を回した。
ロックオンは、まるでそれを待ちわびていたかのように刹那の身体を離すと、熱い唇を刹那のそれに押し当てた。
一瞬で離れたかと思えば、角度を変えて再びキスをされる。今度は長かった。
心臓が、やけにうるさかった。
けれど何も嫌悪を感じなかったのは、この男から分けられる熱が、とてもとても、心地よかったからなのだと思った。
刹那はただロックオンの仕種に身体を委ねた。
全部、余すことなく受け入れてしまいたかったからだ。
ロックオンはやがて体重をかけて、ゆっくりと刹那をベッドに沈めた。
その瞬間に少しだけ身体が強張ったのは、刹那がその先の行為を知っているからだった。
だが、刹那自身にロックオンを拒絶する意志はなかった。
やはり委ねるだけだった。
ロックオンからのキスは続いた。
何度も何度も角度を変えて、まるで刹那の全部を味わおうとしているようだった。
唇と唇が合わさるだけのキスは、やがて深いものに姿を変えていった。
ロックオンの舌が刹那の唇をぬるりと走ると、刹那はそれにぴくりと反応した。
空いた口の先からロックオンの舌が入り込み、その感覚に刹那は小さく声を上げた。
だがロックオンはそれに躊躇う様子もなく、刹那の咥内にどんどんと侵入していった。
ロックオンの舌はひどく熱かった。
そこから熱を分けられて、溶けていくのではないかとすら思った。
舌と舌が絡み合う感覚に、じくり、と身体の中が熱を持ち始めたことに気付いた。
いっそこのまま溶けていけばいいのだと思った。
分け与えられる熱に、全部を委ねればそれでいいのだと思った。
しかしロックオンは刹那の唇から離れると、肩に顔を埋めたまま、動こうとしなかった。
それに疑問を持ったのは刹那の方だった。
しばらく経ってから、ようやくロックオンは顔を上げて、刹那に視線を合わせた。
真下からこの男の顔を覗くのは、初めてだった。
ロックオンはと言えば、柔らかな表情に、少し、バツの悪そうなそれを加えていた。
「悪い、がっつき過ぎた」
ロックオンは身体をずらし、刹那を見下ろすことをしなくなった。
手を引かれ、身を起こされると、刹那の中に、ほんの少しぽっかりと穴が空いたような気持ちが降りた。
ロックオンの優しさはわかった。
彼はどこまでも優しいから、刹那が傷付くことを恐れたのだろう。
確かに、刹那の中で性行為というものにいい記憶は一切ない。
ただ男達の猛った肉欲を処理される為に強いられた行為でしかなかった。
それをロックオンが知っているかは別として、刹那がそのことを考えて多少なりと身を固くしたのは事実だ。
だが、刹那の中にやりきれなさが存在しているのも、また事実だった。
刹那は、ロックオンのシャツに手を伸ばして、それを握った。
その行動に、ロックオンは少し瞠目していた。
「別に、構わない」
刹那がそう言うと、ロックオンは空色の瞳を見開いた。
「せつ、」
「アンタが何を望んでいるかわからないほど、子どもじゃない。俺は別に、構わない」
自分でも大概無神経なことを口にしている、とも思った。
けれど、不思議と後悔のようなものはなかった。
本当に、構わなかったのだ。
恐怖感に似たものは確かにあった。
しかしそれ以上に、繋がりを欲していた。確かなものが、欲しかった。
「別に、無理なんかしなくていいんだぜ?こんな急いでやることじゃねぇし…お前さんが帰って来てからでも、遅くはないんだ」
「いい」
刹那に逃げ道を造るように話すロックオンの言葉を、刹那はさくりと切った。
「今がいい。…アンタに、触れたいんだ」
刹那が迷うこともなくそう言えば、ロックオンは虚を衝かれたような表情を見せた後、大げさとも言えるため息を一つ吐いて、それからぐしゃぐしゃと自身の大地色の髪を混ぜ上げた。
「…俺せっかく我慢したのに…」
「…余計なことするな」
「余計なことって…お前さんねぇ…。……あぁもう、いいよ、俺の負け」
「こうさーん」と、軽口を叩くようにそう言いながら、ロックオンは刹那の肩に額を預けた。
肩から伝わるロックオンの重みが、やけに心地よかった。
やがてロックオンはゆるゆると顔を上げ、刹那に視線を合わせた。
ひどく狭い空間で、ロックオンの空色と刹那の赤褐色が織り交ぜあうように重なった。
それが、合図だった。
10.04.06
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ここに辿り着くまでにどんだけかかってんだ、っていう話…。
本番行ってないしね…!!沈。
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