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再び「君の名前」の番外編です。というか後日談?
これは時系列的には二期直前の話。



 *****





言葉で表しきれない、君のきもち



あいのかたち




「やだっ!」

それまで静かだった食堂の空気を引き裂いたのは、甲高い子どもの声だった。
食堂には幸い俺達三人しかおらず、気を遣う必要はなかった。
テーブルを挟んだ俺の前で、親子が険しい顔をして向かい合っていた。

「やだっ!なんでシリルだけはなれなきゃいけないの!?シリルもいっしょがいいっ!!」
「大人しく言うことを聞け」

今にも泣き出しそうなシリルとは逆に、刹那はいつもの無表情だ。

「アロウズの動きが過激化している。そろそろ動かなければならない」
「シリルもいっしょがいいっ!」
「駄目だ」
「どぉして…っ!?」

シリルの目から、ついに大粒の涙がぽろぽろと落ちた。
刹那はそれにも動じず、冷静に言葉を紡いだ。

「この艦も戦場に出る。お前みたいな子どもがここにいるわけにはいかない」
「ソランがまもってくれるんでしょ!?へいきだもん、こわくないもん!」
「それでも確実に巻き込まれる。遊びではないんだ」

刹那は頑なに冷静だった。
冷静を、装っていた。

「やだっやだやだやだっ!!」
「シリルッ!!」

駄々をこねるシリルに、ついに刹那の装った冷静さは剥がれ落ちた。
シリルは、普段ほどんど聞くことのない母親の怒気の上がった声に、ビクリと肩を揺らした。

「言うことを聞け!」

シリルは空色の目からぼろぼろと涙をこぼしていた。

「…っソランのばかっ!だいっきらいっ!!」

そう吐き捨てるように叫んで、シリルは食堂を飛び出した。
シリルの言葉を耳にした瞬間、刹那の顔が歪んだのを見逃さなかった。



シリルが出て行った食堂はしんと静まり返った。
ふぅ、と一つため息を吐いて、立ち上がってシリルが腰かけていた椅子に座り直した。

「刹那」

手を伸ばして、刹那の前髪に触れる。
前髪の隙間から見える刹那の顔は、やはり切なげに歪んでいた。
それに、小さく苦笑いを浮かべた。

「お前さん相変わらず苦手だな、こういうの」
「…ああでも言わなきゃ聞かない…」
「そんな泣きそうな顔すんなら、わざわざ憎まれ役なんか買わないの」

きゅ、と刹那が唇を噛んだ。
それを解くように、指を唇に添えた。
それから、腕を伸ばして刹那の身体を緩く抱き寄せた。

「お前さんの言いたいことはわかるよ。すげーよくわかる。俺だってシリルを危ない目になんか合わせたくない」

予定通りトレミーが再び武力介入に踏み切るのであれば、ここはまさに戦場の中心になる。
そんな場所に、まだ五歳のシリルを置いておくわけにはいかない。
幼い子どもにとって戦争が与える恐怖心は計り知れない。
何より刹那が一番、そのことを知っている。
だから安全な場所に、と、刹那はシリルだけを地球に置いて行く選択をした。
刹那の選択は、決して、間違いではない。
子どもは戦場にいるべきではないのだ。


「お前さんはもう少し表現の幅増やした方がいいなぁ」
「……」

昔よりそれでも達者になったとは思うが、まだ他人に伝わる程度ではないだろう、刹那の表現の仕方は。
特にシリルみたいな子どもは言葉のまま真っ直ぐに受け取ってしまうから、刹那の直球で言葉少なな表し方は、ダイレクトに伝わってしまう。

「刹那」

刹那の肩に手を添えて、向かい合うように彼女の身体をゆっくり動かす。

「下手くそでもいいよ。ゆっくりでも、つっかえてもいい。それでもいいから、ちゃんとシリルに、思ってること伝えようぜ?
刹那の胸の中に入ってる気持ち全部言葉にして、シリルに言おう?そうすりゃきっと、伝わるから」

刹那の赤褐色の眼が、少しだけ揺れた。
彼女は少しだけ考えると、小さく、こくりと頷いた。

刹那の返答に満足して、俺は立ち上がりながら彼女の癖毛をくしゃりと撫でた。
「頭ン中整理してなさい」と言って、刹那を置いて食堂を出た。



移動バーに掴まって、居住エリアに入る。
二つ並んだ部屋のどちらかと思ったが、当たりをつけて片方のドアのロックを解除した。
そうすれば、ベッドの隅で身体を小さくして泣きじゃくる子どもがいた。
刹那と喧嘩したのに刹那の部屋に入って泣きべそかいているのだから、かわいくて仕方ない。
思わず苦笑いを浮かべた。

「シリル」

呼べば、小さく肩を揺らして、シリルがぐしゃぐしゃの顔をこちらに向ける。

「…ニー…ルゥ…」

しゃくり上げながら俺を呼ぶシリルの元に歩いてすぐ隣に座れば、すがるように俺に寄って来る。
刹那よりも幾分柔らかい髪を撫でると、きゅ、と服にしがみついた。
しばらくずぐり泣く音が聞こえていた。


少し落ち着きを取り戻したシリルは、しゃくりながらもその口を開いた。

「ソランは…シリルのことがきらいだから…シリルだけおいていくの?」

そう言うと、またぽろりと涙が落ちる。
それを拭うように、柔らかな頬に指を添えた。

「違うよ。ソランは、シリルを危ない目に遭わせたくないだけ。シリルに、自分と同じような目に遭ってほしくないだけだ」
「おんなじ…?」
「そう。ソランはシリルよりもほんの少し大きい時に、もう戦ってた。自分の身長と同じくらいの大きさの武器を持って、戦場に出てたんだ」
「…どうして…?」
「……そういう世界に、国に、産まれたから」

ほんの少し理がずれていたら、彼女が持っていたのは機関銃ではなくて自分を写すための鏡だったかもしれない。人を殺す為の道具ではなくて、自分を磨く為の道具だったのかもしれない。
ほんの少し産まれる世界が違ったら、彼女は今とは違う穏やかな人生を送っていたかもしれない。

「ソランは戦場に出てたくさん戦って、たくさん苦しい思いをした。今でもその時の夢を見てるよ。
つらいこと全部夢に出て、そのたびに苦しんでる。
ソランは、シリルにそんな思いさせたくないんだよ」

過去の残像はいつまでもいつまでも彼女にしがみ付いて、闇を見せる。
その度にうなされ苦しんでいる。
俺が抱きしめるとほんの少し身体の力が緩んで、ほんの少し安らかな顔を見せる。
独りだった四年間を思うと、ただ胸が痛かった。
刹那はずっと、それに独りで耐えて来たのだ。

「シリルが大事で大事で仕方ないから、怖い目に遭ってほしくないんだ。
絶対、嫌ってなんかないよ」

刹那はきっと怖いのだ。
もし戦いの最中に自分が死んで、シリルがそれを目の当たりにしたら。
この子も、それを理由に戦いに身を投じてしまうかもしれない。
俺のように憎しみに負けて、銃を手にしてしまうかもしれない。

逆に、戦いに巻き込まれてシリルを失ってしまうかもしれない。
守りきれなくて、また俺の時のように目の前で失くしてしまうかもしれない。

色んなことが怖くて、きっとそれを、どうにかして防ぎたいのだ。


「俺は、シリルの気持ちもわかるよ。だって家族だもんな。一緒に、いたいもんな。一人だけ地球に置き去りなんて、寂しいもんなぁ」
「…ぅん、」
「うん、わかるよ。俺も寂しい。ソランも、寂しい」
「…ソランも?」
「そりゃそうさ。だって、大事な大事なシリルなんだ。一緒にいれるなら、いたいさ。でもそれはやっぱり難しいんだ。…わかるな?」

シリルは俺の問いにしばらく間を空けて、それから、こくりと頷いた。

「…ソランは、シリルのことゆるしてくれる?」
「あぁ、大丈夫。シリルの気持ちを、シリルの知ってる言葉で全部言えば、ソランにきっと伝わるよ」

こくりと、また頷きながら一粒ぽろりと涙をこぼした。
その涙は、とてもとても、きれいだった。



シリルを連れて再び食堂へ行けば、お互い「ごめんね」と「すまない」を繰り返して、抱き合っていた。
「だいすき」
「あいしてる」
「いっしょにいたい」
「ほんとうは、はなれたくない」
そんな気持ちを、詰まりながらも一生懸命、言葉にしていた。




(ほら伝わった、あいのかたち。)



09.12.24


――――――――
案外難産。
そして思いのほか刹那の話になってしまった。でも満足。笑。
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