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続き。
ハムvs刹那。笑。
*****
消し去って、何もかも
メーデー!メーデー!-2-
やり切れない思いのまま、ニールは仕事に臨んだ。
寝不足で思うように動かない身体を無理矢理発起させた。
数回、刹那からの連絡があったけれど、罪悪感とか色んな思考がごちゃごちゃになって、出る気になれなかった。
連絡をしないことに後ろめたさもあったけれど、どう会話したらよいかわからなかった。
誰かに相談しようか迷ったけれど、口にするのも、他の誰かに知られるのも嫌だった。
上司の顔は、一日中まともに見ることが出来なかった。
時刻が終業時間を指そうとしていた。
時間が進むのがやけに遅く感じた一日が終わろうとしていて、少なからず安堵した。
少しだけ残った仕事を片付けて、そそくさとデスクを離れた。
自分に注がれていた上司の視線は、無視した。
階下に下がるエレベーターの中で、ニールはぼんやり考えた。
これから、どうするべきか。
否が応でも、刹那と会う日は来る。その時までに考えをまとめなければいけない。
隠し事は嫌いだった。
だから、おそらく言うのだろう、と漠然とした考えはあった。
どうやって伝えるかは、全く考えていない。
けれど、仮に伝えて、もしそれで敬遠されてしまったら。
考えただけで、身体が小さく震える。
嫌だ嫌だ。嫌われたくない、軽蔑されたくない。
刹那のあの眼が冷たく自分を見るのが、たまらなく怖い。
エレベーターが着いたことを知らせる音で、ようやく現実に引き戻される。
少しおぼつかない足取りで歩を進める。
とにかく、刹那に会ったときに何を言うかを考えておこうと思った。
そこまでしか頭が働いてくれなかった。
だから、会社を出たところで見慣れた黒髪を見つけたとき、頭が真っ白になった。
どうする。どんな顔すればいい。どうやって言えばいい。
今、どんな顔してる?
どくりどくりと、やけに心臓がうるさかった。
刹那に会うのにこんなに背筋が寒くなるのは初めてだ。
「とりあえず、元気そうだな」
その場で固まったニールの元へ歩いてきた刹那が、そう言う。
一瞬、何のことかわからなかった。
「連絡しても何も返って来ないから、風邪でもこじらせたのかと思った。
マンションに行ってもいなかったから、無理して仕事してるんじゃないかと思った」
その、ひどく温かな優しさが今はただ痛かった。
違うんだ、ごめん。
そんな、いい理由じゃあないんだ。
刹那の真っ直ぐな眼が、怖くて見れなかった。
マンションに帰っても同じだった。
まともに刹那の顔が見れなくて、たどたどしい返事しか出来ない。
笑えてるか怪しかった。
「ニール」
玄関のドアを閉めた所で、名前を呼ばれる。
「…っやめ…!」
頬に手が触れられようとしているのがわかって、反射的にその手をはじいてしまった。
乾いた音が、響いた。
後悔したときにはもう遅かった。
空気が凍りついたのがわかった。
けれど、嫌だった。
刹那に触れられることがじゃ、ない。
他の男に触れられた自分に刹那が触れることが、嫌だった。
小さなため息と共に、ぐい、と無理矢理に顔を向けさせられた。
ぞくりと、昨日の光景が蘇った。
刹那の真っ直ぐな眼が、怖かった。
「いや、だ…っせつ、な…っ」
振り払い、隠れるようにうずくまった。
「ニール」
その声は、ひどく優しかった。
いつもの、安らげる刹那の、刹那だけの声。
それで、ニールの背筋を襲うぞくぞくとした感覚が一瞬でなくなった。
「何が、あった」
「…っ」
「俺はそんなに頼りないか」
ぶんぶんと、首を横に振る。
「俺に言えないことか」
その言葉に、びくりとニールの肩が揺れる。
言わなければいけない。
言わなければ、ずっと後ろめたいままだ。
けれど、口が思うように動いてくれなかった。
身体に腕を回され、またニールの肩が揺れた。
けれど、優しい抱擁に、心がほだされる感覚がした。
「ニール」
「…っ」
促すように、耳元で名前を呼ばれる。刹那の声は、心地よかった。
口が、ようやくそれで開いた。
「…っキス、された…っ」
一瞬だけ、刹那の身体が強張ったのが抱きすくめられる腕から伝わった。
「誰に」
「…っ上、司」
一度口から出た言葉は、涙と一緒に止まることを知らなかった。
「メシ、一緒に食って、送って、もらって、それで…。
…っ気持ち、悪かった!刹那じゃないヤツに、あんなこと、されて…っ。
何回もうがいして何回も拭ったけど、でも、全然消えない…!」
刹那だけがよかった。
優しい時間を共有するのも、この身体に触れるのも。
全部、刹那だけがよかった。
「…っごめ、刹那…ごめ…んっ」
最後まで言うことは出来なかった。
刹那が、ニールの唇を塞いだ。
その感触に、昨日のような嫌悪感は微塵も沸かなかった。
「消してやる」
「…っせ、つ」
「全部、俺が消してやる」
無我夢中だった。
お互いが、お互いの唇を奪い合った。
そこが玄関であることも、どうでもよかった。
ただ熱を分け合うのに必死だった。
溶けてしまえばいいと思った。
溶けて一つになったら、もう離れることなんかないのにと、思った。
翌日の夕方に、刹那は再びニールの会社の前にいた。
視界に、目的の人物が映ったのを確認する。
相手は刹那がそこにいることに目を丸めていた。
「…君の大切な彼女なら、もう帰ったよ」
「知っている。アンタに用があった」
「私に?」
「言っておきたいことがある」
刹那が、グラハムの視線をしっかり捕らえて離さなかった。
「アイツに手を出すな。俺のものだ」
刹那の言葉に、グラハムが肩を竦める。
「彼女には嫌な思いをさせた。だが残念ながら反省も後悔もしてはいないよ」
「自分勝手だと思わないのか」
「思うさ。だが恋愛なんてそんなものだろう?君だって彼女を自分のものだと発言している。立派な自分勝手さ」
「アンタと一緒にするな」
強く強く、睨みつけてやった。
この男が、ニールをそういう目で見ているのは、飲み会の時にすぐにわかった。
しかも、本気で。
ニールを連れて帰る時に見たこの男の目を、忘れたわけじゃなかった。
だから、隙が出来たのには自分にも責任があった。
「君は、いくつだい」
「21だ」
「大学生、か。若いな。彼女を支えきるには、若すぎる」
「アンタの物差しで決め付けるな。少なくともアンタよりはずっとマシだ」
刹那は踵を返して歩き出した。
だが途中でその歩をぴたりと止め、またグラハムの方へ戻った。
グラハムは、それを不思議そうに見た。
「忘れ物だ」
そう言って、グラハムの足を思いっきり踏みつけてやった。
グラハムの、声にならない声が響いた。
「次、何かしたら今度は顔だ」
踵を返し、また歩き始める。
ニールが待つ彼女のマンションまで、ただ真っ直ぐに歩いた。
刹那は消毒液みたいだ。
そう言って笑った彼女を、ただただ愛しいと思った。
09.06.26
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刹ニル♀シリーズのコンセプトは、目指せ少女マンガです。(…
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