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続きです。

こういうの書くのは、本当に難しい…。



 *****




夢を見た。
いつもとは違う夢だ。
景色が白いことと、ゆらゆらとした感覚に変わりはないのだけれど、空間にこぽりこぽりと時折空気の泡が生まれている。
呼吸をすると、ごぽりと自分の口からも空気が漏れる。
それで、水の中なのだと理解した。

冷たくはなかった。
息苦しさもなかった。

けれど、ただただ、哀しかった。

どうしてだかわからない。
でも、あたたかく包み込まれるようなその水の感覚に、泣きそうになった。



伸ばした手の先-2-




「どう?あっちの取材進んでる?」

出掛け先の車中で、絹江さんにそう声を掛けられる。

「そこそこに。でもほんと、規制かかってる情報多いですね」
「政府が規制掛けてるものもあるし、何より組織自体が秘匿義務が強かったらしいからね。
外部にあまり漏れないようにしてたんだわ」
「コレがあればなっていう情報が、欠けてたりするんですよねぇ」

信号が赤なのをいいことに、ハンドルに項垂れる。
それを見て、くすりと小さく絹江さんが笑ったようだった。

「ちょっとお疲れ?仕事終わったら、飲みにでも行く?奢るわよ」

先輩のありがたい言葉に図らずも胸が躍ったが、苦笑いを浮かべるしかなかった。

「嬉しいお誘いなんですけど…今日はちょっと駄目なんですよ」
「あら、何か用事?」
「えぇ、弟が、婚約者紹介してくれるって言うんで」
「弟さんて確か、双子の、よね」

絹江さんの言葉に頷く。
半年しか付き合っていないにも関わらず結婚に踏み切るとは、我が弟ながら思い切ったものだ。
あいつ曰く、「わかんないけどさ、彼女しかいないって、思ったんだよね」とのことだ。
運命の赤い糸なんてものは、本当にあるのだろうか。

「じゃあ君、弟くんに先越されちゃったわけだ」

少し意地悪げに話す先輩に、苦笑いで返した。

「弟って言っても、双子ですし」
「弟は弟よ。君は、いい人いないの?せっかくいい男なのに」

先輩のお世辞に対して、ありがとうございますと返事をした。

「俺は…なんていうか、別にいいかなって思うんですよね。結婚、とか」

それは傍目からすれば強がりにも見えるのだろうが、本当に、別に結婚なんてものしなくてもいいと考えていたりするのだ。
だからと言って仕事一筋で生きたいわけでもない。
ただ、誰かが俺の隣にいるのが想像できないし、仮に上手く想像できたとしても、しっくり来なかった。
ある意味、ライルと似たようなものかもしれなかった。

「まだ若いんだから、そんな悲観的な考えしないことよ」

やはり彼女には強がりに聞こえたらしい。
苦笑いを浮かべて、とりあえず、はいとだけ答えた。




ライルとの待ち合わせはターミナルの前の噴水だった。
待ち合わせの時間までまだ少し余裕がある。今日集めた、例の企画の資料に目を通そうと思い、鞄から取り出した。
ずいぶんと古いもので、今では滅多にお目にかかれない紙媒体の資料だった。
そこには組織の中心的な構成員が、大まかだが記されていた。
組織や政府の関係者からの物ではない。女性ながら軍の准将にまで登り詰めたという人物が、当時の情報から個人的にまとめた物らしかった。

「兄さん」

声を掛けられ、顔を上げるとそこには自分に瓜二つな人間がいた。

「悪い、遅くなった」
「いや、全然。…あれ、彼女は?」
「店で待ってるよ。先に仕事終わったって言うから、別行動」

行こうぜ、と促されたので、目を通していた資料を鞄に戻そうとした。
だが、急に突風に煽られた。
油断していたせいで紙媒体の資料は無残に手から飛ばされ、あっという間に、風に舞ってしまった。
さすがに焦った。
苦労してやっと手に入れたものだったのだ。

ライルに一言声を掛け、慌てて散らばった資料をかき集めた。
あちこち走り回って、どうにかして最後の一枚も見つけた。
通りすがりの人の足元に落ちた資料は、その人が手を伸ばして拾ってくれた。

「あ、すいません…っ。それ、俺の…」

上げられたその顔に、どくりと、心臓が大きく音を立てた。
目を、奪われた。
印象的な、強い、でもどこか、儚さに似たものを感じる赤褐色の瞳に、エキゾチックな雰囲気。
中性的で、端整な顔立ちだ。身体の細さから、女性なのだろうと伺えた。
長く伸びて、癖毛がそこらじゅうに跳ねている。
何故だか手がうずいた気がした。

真っ直ぐな。
迷うことを知らない、真っ直ぐな立ち姿。

どこかで、見た気がした。
でも、どこで?


その人は拾った資料をじ、と見ていた。
さすがに、公表も前の番組の資料を見られるのはまずいということに気付いて、ようやく口を開いた。

「あの、悪い、それ…」
「…調べているのか」

女性にしては低い、でも聞いて嫌な気分のしない声に、また心臓が音を立てた。

「え、えと…」
「ソレスタルビーイングの、こと」

何故だろう。
今まで幾度となく口にしてきたし、耳にもしてきた組織の名前なのに。
彼女が口にしたそれは、ひどく、胸に響いた。

「…あぁ、うん…」

促されるように、思わず、肯定してしまった。

「……そうか、」

彼女はそう言って、なんだかとても哀しそうに、小さく笑った。
ごぽり、とどこかで空気の泡が生まれる音が聞こえた気がした。
彼女の表情に、胸がつきりと痛んだ。
なんでそんな顔、するんだ。

「ここ」
「え?」

いつの間にか彼女は表情を元に戻し、冷静な口調でそう言った。
それに付いていけず、思わず慌ててしまう。

彼女はパイロットの一人のデータを指差していた。
それは、俺が見つけた映像データに映っていた、青と白の機体の、パイロットらしかった。

「間違っている。出身地はアザディスタンじゃない。…クルジスだ」


なんで。
なんで君が、そんなこと知ってるんだ。

そう思った言葉は口からは出なかった。
口がカラカラに乾いて、思うように話せない。
身体がまるで、金縛りにあったみたいに動かなかった。

「…きみ、は…」

どうにかして、それだけ口にする。
けれどその言葉も上手くは言えなかった。絞り出すようなそれが、精一杯だった。

遠くで、ライルが声を張り上げて呼ぶ声で、どうにか身体が動いた。
だがここから離れる気には、どうしてもなれなかった。
ライルは「予約時間過ぎちまう」と言って、少し焦っているようだった。
ライルの方に向いて、声を上げようと口を開いた。

「ニール・ディランディ」

背後からの彼女の声に、俺は言葉を発する機会を失った。
彼女にはなんで、という感情を持ってばかりだ。
なんで、俺の名前を知っているんだろう。
ゆっくりと、彼女の方へ顔を向ける。

「お前は今、幸せか?」

急に、何を言い出すのだろう。
幸せか、なんて。
そんなこと初対面の人間に言われても、困ってしまう。

けれど、答えなくてはいけないと思った。
答えなければきっと、彼女はまた悲しむのだろうと、漠然とそんな思いが浮かんだ。

事故で早くに両親と妹を失ったけれど。
生活が安定するまでにずいぶん苦しい思いをしたけれど。
上司の嫌味とか、聞いていて飽き飽きしてしまうけれど。

でも、

「――あぁ…幸せ、だ」

ライルがいる。
そのライルには家族が出来る。
信頼出来る先輩もいる。
ちゃんとメシも食えてる。
屋根の下で寝て起きている。

世界は、未だにどこか不安定で、いつまた昔みたいに戦争が起きるかわからないけれど、

でも、それでも、



「……そうか、それなら…よかった…」


そう言って、彼女は笑った。
とても、とても静かに、でも、やさしく笑った。
本当によかったと、そう思ってくれているのがわかった。

泣きそうなほどうれしそうに、わらっていた。


遠くで、ごぽりと、空気の泡が生まれた音がした。


「…っ」

何か言わなければと思い、口を開きかけたが、遠くで再びライルが声を張り上げた。
それに躊躇して、ライルの方を向いた。

「さようなら、ニール・ディランディ。どうか、幸せに――」

背中から、そう小さく、でもはっきりと耳に届いた声に、慌てて彼女の方へ顔を戻した。
けれどもう、そこには誰もいなかった。
いつの間にか、俺の手の中に彼女が持っていたはずの資料があった。

ぽっかりと、胸に穴が空いた気がした。
突然に頭を過ぎったのは、いつも見ていたあの夢だった。

白い、白い景色。
あかいストールが、ゆらめいていた。
走って走って、手を伸ばして。

でも、いつも届かない。


「何やってんだよ兄さんっ。アニューだって待ってんだから…」

ライルが走り寄って来て、急かすように言っているのがわかったが、耳にはきちんと入って来なかった。

いいのか?このままで。
このまま、何も掴めないままで。
きっと、失くしたままだ。
何もわからないまま、何を失くしたのかもわからないまま。

――そんなの、よくないに決まってる


ライルにごめんと言い残して、走った。
遠くでライルが呼び止めるような声が聞こえたが、走り続けた。


走った。とにかく走った。
人ごみを掻き分けて、あの黒い癖毛を探し続けた。
これは夢じゃない。だから、力いっぱい走ることが出来る。

正直、どうして走ってるのか自分でもわからなかった。
でも、走らなければ失ってしまうと思った。
それが何かすらわからないのに、でも、失くすのが嫌だった。

紙媒体の資料は俺の手の中でぐしゃぐしゃになっていた。
その中には青と白の機体のパイロットのデータもある。

真っ直ぐな立ち姿。
あぁそうか。彼女、あの機体に似ているんだ。
迷うことを知らない、真っ直ぐな立ち姿。
聖者の行進にすら似た、あの悠然とした姿。


ごぽり、と空気の泡が生まれる音が聞こえた。
それと同時に、彼女の泣きそうな笑みが頭を過ぎった。

あぁ、そうか、泣いているんだ。
たった一人で、声も立てずに泣いているんだ。
あの夢の中の水は彼女の涙だったんだ。

だからあんなにあたたかくて、でも、哀しかったんだ。



なんだっけ。
俺、夢の中で、何て呼んでたっけ。
そうだ確か、意味があったんだ。
すごく、短い時間。一瞬よりも、さらに短い時間。


夢の中では君に届かなかった。
でもこれは夢じゃない。

走れば足が思うようにちゃんと動く。
手を伸ばせば、その先に間違いなく、君がいる。



「――――っせつな…!!」




2412年3月。
経済特区・東京は、今日も穏やかで、けれど何かが起きている




(君の手を掴んだらもう、朝泣きながら起きなくてすむような、そんな気がしたんだ)



10.08.07

―――――――
わけわからんですみませ…。

以下補足。補足をしなきゃいけないような話って!
・最後に書いたとおり本編から100年後という設定。
・ソレスタルビーイングは完全活動停止。組織自体解体してます。
・ニールさんたちはみんな大体生まれ変わってるんだけれど、刹那だけはずっと姿を変えず生き続けてる。
・ティエもヴェーダの中でせっちゃんと共にいます。
・なんでスメラギさんじゃなくて絹江さんなんだっていう感じですが、JNNと言ったら絹江さんだろう、という個人的な偏見。

他にも色々あるけど書くとややこしいのでやめます。
続きとかも妄想したことあるけど、上手く書ける自信ないのでやめます。
100年後とか言っといて設定生かしきれてない時点でアウトだからね!沈。

書きたかっただけなんです、生まれ変わりのニールさんと、ずっと生き続けるせっちゃんという設定の話を。
ただそれだけなんです…。
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