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「家族ごっこ」のシリーズです。久々。
今回で一通り頭の中で考えたのはここまでなので、とりあえず一区切り。
また何か思いついたら書くかもしれません。
今回のは、暮らし始めてから六年経った二人の話。
要するに、刹那が22歳で、ニールが30歳ですね。
今までずっと刹那の視点で書いてましたが、今回は初めてニールさんの視点です。
メインはニール+刹那ですが、刹フェル要素がありますので、もし苦手な方がいらしたらご注意ください。
*****
僕らの家-1-
刹那と暮らし始めて、七回目の春を迎えようとしていた時だ。
彼は無事大手企業の内定も決まって、あとは大学の卒業式を待つばかりという、そんな状況だった。
いつもと変わらない夕食中に、刹那はいつもの調子で口を開いた。
『結婚しようと思う、フェルトと』
明日の予定でも言うかのようにあまりにさらっと言うものだから、一瞬「あぁそっか、わかった」なんて流してしまいそうになった。
実際、あまり驚いてはいなかったりもする。
フェルトはよく家に来ていたし、二人が付き合っていたのはどことなくわかっていた。
だから、そのうちそんなことにでもなるのかな、とぼんやり思っていた。
刹那もフェルトも就職が決まっているから、二人にとってはちょうどいい区切りだったのかもしれない。
いやまぁ、そこはいいんだ。二人が結ばれるのはおめでたい。
保護者としては万歳三唱でもしたい勢いだ。時期が早い気もするが、二人で決めたことなら後押ししたい。
俺にとって重点を占めているのはそこではなく、次の刹那の言葉だった。
『引っ越しを、考えている』
少しだけ躊躇いを含んだその言葉に、ぴたりと、思考が止まってしまった。
そんなやり取りがあったのが、つい昨夜のことだった。
会社のデスクに向かっていつも通りパソコンを立ち上げているが、頭はまるで働いていなかった。
刹那の言葉がぐるぐると駆け巡る。
引っ越し。
そりゃあ、そうだ。結婚するんだ。いつまでも保護者と一緒にマンションの一室で暮らすわけにはいかない。
二人で生活していくのだ、新しい家で。
「いいだろうか」と、珍しくそんなことを聞いてくる刹那に、「いいんじゃないか、お前の好きにしろよ」と勢いで答えた。
それを、今になって後悔している。
だって、いなくなるんだ、刹那が。
あの、二人で暮らしていた家から。
自分たちの接点は交通事故の被害者家族と加害者家族という、ひどく重苦しいものだった。
二人で暮らし始めたきっかけは刹那の養い人が死んでしまったのと、そして俺の思いつきだった。
嘘で塗り固めた生活は、ライルが刹那の前に現れたことで音を立てて崩れ落ちた。
いつかはそうなるとわかっていながらも、心の中では後悔と寂しさが募った。
たぶん、俺は単純に「家族」が欲しかったんだ。
朝起きたらおはようと言って、夜寝るときにはおやすみ、家を出るときには行ってきます、帰ってきたらおかえりと言う。そうして、一緒に食事を取って。
そういう、ありきたりで、でも自分には到底手に入らないものを、無意識のうちに刹那に求めていたんだ。
ライルも当然いてくれているけれど、もう一緒には住んでいないし、そういうのを求める歳でもなくなってしまった。
だからきっと、俺は自分勝手にも刹那にそういう、「家族」というものを押し付けてしまっていたんだ。
嘘を吐いていたことは許されるものではないけれど、それでも刹那は俺を受け入れてくれた。
嬉しかった。
でもそれは「ずっと」じゃあない。当たり前だ。
だから。
刹那とは、さよならをしなくちゃいけないんだ。
ぐるぐるもやもやとしたものをどうにか胸のうちに隠しつつ帰宅すると、ガタガタと音がする。刹那の部屋からだった。
半開きのドアから覗くと、彼は部屋に段ボール箱をいくつも置いて本棚を漁っていた。
「刹那…何してんだ?」
ぼそりと独り言みたいに言ったそれに気付き、刹那は作業の手を止めてこちらを向いた。
「あぁ、おかえり。何って…決まっているだろう。整理だ、引っ越しのための」
刹那のあっさりと放たれた言葉に、俺の胸はずくりと痛む。
でも、そうだよな。当たり前だ。
「…そっか、大変だな。……いつだって言ったっけ、引っ越すの」
「再来週の日曜だ」
あと二週間。それが、俺と刹那の「家族」の残り時間なんだ。
もともと完全な他人同士だ。たぶん、離れてしまえば繋がりなんて無いに等しくなるんだろう。
「…手伝うこと、あるか?何でもやるぜ」
笑顔をどうにか貼り付けて、言う。こういう時、大人になったことを喜べばいいのか悲しめばいいのかわからなくなってしまう。
「いや、平気だ。それほど多くもないから」
「…そっか」
「あぁ、だが車は貸してほしい。当日荷物を運ぶのに使いたい」
「ん…わかった。要る時、言えよ」
俺がそう言うと、刹那はまた作業に戻った。その後ろ姿が、なんだか遠い。
刹那は、変わらず淡々としている。
唯一、俺に引っ越しの了承を得ようとした時だけ躊躇っていて、あとは、いつもと変わらない刹那だった。
俺がぐるぐるもやもやしている間にも、彼は黙々と次の生活への準備を進めている。
刹那らしい、と言えば刹那らしい。
けれどそういう彼の姿を見ると、これまでの自分たちの六年間は、その程度のものだったのかと思えてしまう。
それがとても、虚しい。
夕食の支度のために立ち上がろうとした刹那を止めて、代わりに台所に立った。
何かしてないと、ぐるぐるもやもやな感情に負けそうな気がした。
とは言え時間も時間だし、簡単にパスタで済ませることにした。
パスタを茹でている間に、電子レンジで冷凍してあったパスタソースを温めた。刹那のお手製だ。
どこで習ったのか、刹那は料理がうまかった。手際もいい。
このトマトのパスタソースも俺のお気に入りの一つだったが、彼がこの家を出たら、もう食べられなくなる。
これだけじゃない。刹那が得意な魚のシチューも、筑前炊きも、グラタンも。
玄関を開けると感じられたあの温かな幸福感は、もう、しなくなるんだ。
11.05.15
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