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長くなったので二つにわけました。
完結。
完結。
*****
僕らの家-2-
それから、ぐるぐるもやもやしたものをずっと抱えながら過ごし、あっという間に二週間が経ってしまった。
あの日以来刹那の部屋を覗くことはしなかった。なくなっていく荷物をまざまざ見てしまうのが、正直な話怖かった。
「ニール」
気を紛らわすために持ち帰ってきた仕事をしている時に、刹那が部屋に入った。
ドキリ、と心臓が鳴った。
動揺を悟られまいと、一呼吸置いて口を開く。
「どうした?」
「車の鍵、貸してくれ」
あぁ、来てしまった。
これで本当に、終わりなんだ。
「もう行くんだな。昼飯食っていけばいいのに」
「フェルトが待っている。荷物を先に運んでしまいたい」
あわよくばほんの少しでも先延ばしに、という考えとは裏腹に、刹那は相変わらず淡々と話す。
昔からそうだったが、あまり情緒とかそういうのがない子だ。
これで、最後だっていうのに。
「ありがとう、一通り終わったら返す……ニール?」
差し出した鍵をいつまでも離さないのを不審に思い、刹那が顔を覗いてくる。
それでも動こうとしない俺に、刹那は目を丸めていた。
この手を離したら、さよならだ。
わかっている。
彼は自分の人生を歩き出したんだ。大切な人と一緒に。
それを、俺が邪魔してはいけない。
だから。
「……気を付けて、な」
この手はもう、刹那から離さなきゃいけないんだ。
「…あぁ、行って来る」
俺が鍵から手を離すと、刹那はそう答えそそくさと部屋を出た。
「あぁ、行って来る」って。
最後の最後までそんなかよ。
刹那らしいっちゃ刹那らしいけどさ。
でも、思えば俺は、刹那に甘えっぱなしだったのかもしれない。
俺に保護者であることを許してくれ、掃除や炊事もずいぶん任せてしまっていた。
何より、俺の「家族」でいてくれた。
そうだ。一緒に暮らし始めた時、俺が言ったんだ。
『”おはよう”と”行って来ます”、それから”ただいま”は、絶対な。言わなきゃメシ出ないぜ』
刹那はひどく不満そうで、言うのにだいぶ時間をかけていたけれど、それでも受け入れてくれた。
きっとさっきのあれは、彼なりの最後の挨拶だったのだろう。
よくよく考えてみたら、俺は二週間自分のことばっかりで刹那に何もしてやれてない。せっかく結婚するのに、だ。
籍を入れるだけで式も何もしないとは言っていたが、それだけではかわいそうだ。
そうだ、そうしよう。
それが俺の、保護者としての最後の大仕事だ。
今まで俺に「家族」をくれていた刹那への、せめてもの恩返し。
けれど、その前にしなきゃいけないことがある。
「刹那!」
玄関で靴を履いていた刹那を呼び止める。
彼が「行って来る」と言ったのだ。俺が応えないわけにはいかない。
「行ってらっしゃい」
そして、さようなら。
俺の大事な「家族」。
刹那は簡単に「あぁ」と答え、そうして、家を出た。
部屋に戻り、ばふん、とベッドに雪崩落ちた。
少しやっぱり、胸が痛い上に無気力になった。
刹那はいなくなってしまうけれど、このマンションの一室に彼が残していったものはたくさんある。
埃が簡単に取れる裏ワザ。洗濯物の皺をきれいに伸ばす方法。
あとはそうだ。トマトのパスタソース。
自分でも作れるようになろう。あれはやっぱり食べられなくなるのは惜しい。
六年だ。
六年間、刹那と過ごした空気がここにはある。
喧嘩してぶつかったこともあった。
頼りにされてないんじゃ、と悩んだことだってあった。
けれど、彼は俺を信頼してこうして今まで一緒に過ごしてくれた。
十分じゃないか。
大丈夫だ。大丈夫。
でも。
今は少し、思い出に浸って泣いてしまいたい気分だ――――。
ガチャ、キー、バタン。
うんそう、ガチャ、キー、バタンて。
……はい?
俺の耳が腐っていなければ、今のはたぶん玄関のドアが開いて、閉まった音だ。
そしてさらに聞こえるのは、今しがたお別れをした子と、その奥さんになる子の声だ。
どういうことだとがばりとベッドから起き上がって慌てて玄関に向かうと、そこにいたのはやはり、刹那とフェルトだった。
彼らはどういうわけだか荷物を抱えて、部屋に上がっている。
えーと…これは一体、どういうことだろうか…。
「えぇと…刹那さん…?」
「あぁ、ただいま」
「あぁうん、おかえり」
え、ちょっと待って。
ほんの30分くらい前に「行って来ます」と「行ってらっしゃい」を言ったばっかりじゃないの。
「ニールさん」
混乱する俺に、少し控えめに声を掛けたのはフェルトだ。
「うん?」
「これから、お世話になります。色々迷惑かけると思いますけど、よろしくお願いします」
そう言って、丁寧にお辞儀をしてくれる。
大変に丁寧な挨拶をありがとう。でもおじさんは余計にわけがわからなくなりました。
「ニール、暇なら手伝ってくれ。まだ車の中に荷物が残ってる。早めに運び入れて片付けたい」
刹那の言ったことに、ますます混乱が増す。
荷物を運び入れる?誰の?
俺が目を白黒させているのがわかったのか、フェルトもきょとんとした顔を見せ、「話してなかったの…?」と刹那に尋ねた。
話す?何を?刹那の引っ越しのことなら、二週間前に聞きましたよ。
「いや、話した。ニール、お前何か勘違いしてるだろう。俺は引っ越さない。フェルトがここに引っ越してくるんだ」
……はい?
待ってくれ。待ってください。頭が追い付いていってないぞおじさんは。
二人は結婚するんだ。これから二人で住む家が必要だ。刹那は引っ越すって言ってた。そのための荷物の整理だってしていた。でも引っ越してくるのはフェルトらしい。
……あぁ。やばい。
ガツンと、何かに殴られたみたいな衝撃が頭を襲った。
恥ずかしい。これは恥ずかしすぎる。
勘違いをし続け二週間過ごし、挙句最後の挨拶だと思って感情たっぷりに刹那に「いってらっしゃい」を言ってしまった。
三十年生きてきてベスト3に入る恥ずかしさだ。
「早とちりもいいところだな、お前。最初に『いいだろうか』と、聞いただろうちゃんと」
刹那が呆れた声でそう言う。
あぁうん、今ならわかります。そういう意味で言ったんですね。だから少し躊躇ってたんですね。そりゃあ、家主の了承いりますよね。
君の悲しいまでの淡々とした態度も、そういうわけだったんですね。
でも主語言わないお前もお前だよ。俺の悩みまくった二週間返してくれよ。頭ハゲそうなくらい悩んだんだよ。
恥ずかしさと情けなさで、顔が上げられなかった。
「第一」
刹那がため息を吐いた後、また口を開く。
もうどんなののしりでもどんとこいや。
「俺がこの家を出るわけがないだろう」
予想を裏切る言葉に、思わず顔を上げた。
刹那は、少しだけ照れくさそうな表情を見せていた。
「お前が一番最初に言っただろう。『ここがお前の家だ』と」
それは、刹那が最初にこの家に来た時に言った言葉だった。
『今日からここがお前さんの家だ』
あまり深くは、考えていなかった。ただ思ったことと、事実を口にしたまでで。
でも彼は、俺のそんな言葉を大事に大事に抱えてくれていたのだ。
ここが、自分の家なんだと、そう思っていてくれてたのだ。
こんなにうれしいことはない。
それはずっと欲しかったものだったのだから。
ここは、俺にとっても彼にとっても、「帰る場所」なんだ。
「ただいま、ニール」
刹那が口にしたその言葉に、心がほわりと温かくなる。
「あぁ、おかえり…」
おかえり、俺の大事な「家族」――――
11.05.15
―――――――――――――
「家族ごっこ」のシリーズはこれにて一区切りです。
書いててすごく楽しかったものの一つ。
読んでくださってありがとうございます!
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